開くようにいい心持になりました。原を出ると大根畑があって、その向うに生垣《いけがき》があって、そこでギーッと刎釣瓶《はねつるべ》の音がします。米友は、畑の中の道を突切って行って見ると百姓家です。その百姓家の門口へ立ってみたが、さて何と言って火種を借りていいか、ハタと当惑してしまいました。煙草の火とも言えないし、さりとて不動様を焼くのだからとはなお言えない。なんと言いこしらえて火種を借りようとグッと詰まって、空《むな》しく百姓家の門口に突立っていました。そうすると百姓家の台所から、けたたましい声と羽バタキをして、大きな鶏が一つ飛び出して来て、戸惑いして、米友の頭に乗っかろうとしました。さすがの米友もこれには面喰って、鶏を払いのけると、そのあとから小犬が飛び出して来て、米友に向って頻《しき》りに吠え立てるのです。
こんなことでは駄目だと、米友は観念しました。まだ頼みもしない先から鶏にばかにされたり、犬に吠えられたりするようでは、頼み込んでみたところで剣突《けんつく》を食うか、そうでなければ泥棒扱いでも受けるぐらいが関の山だろうと思ったから、米友はそのままでスゴスゴとまた畑道を引返したものです。仕方がない、少しく遠くなっても町のあるところまで出かけて、銭を出して、火打道具を買い求めて来るよりほかはないと思いました。
米友が畑道を引返して来ると、畑の畔《くろ》で、百姓が一人、子供を相手に話しています。
「これ見ろ作十、誰か榛《はん》の木山ん中へ、こんな掛物を置きっぱなしにして行っただあ、ことによると泥棒かも知んねえ」
「爺《ちゃん》、あにが書《け》えてあるだえ」
百姓の老爺《おやじ》と子供とがその掛物を拡げて見ようとするところだから、米友は眼の色を変えて駈け寄って、横の方から、それをひったくりました。
「おいらの不動様だイッ」
百姓親子は、眼を円くしました。
水に入れようとしてやりそこない、火に焼こうとしてまたやりそこなった米友は、ぜひなく不動尊の像をかついで、代々木の林を立ち出でました。
その途すがら米友は、なお頻《しき》りにこの画像の処分方を考えていました。そうして最後に考えついたのは、前よりはずっと穏健な仕方であります。それは個人に頼むことこそ億劫《おっくう》だが、しかるべき堂宮《どうみや》へ納めてしまえば文句はなかろう。堂宮といううちには、神仏それぞれ持
前へ
次へ
全94ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング