が、首っ玉へ風呂敷包を結び、素足に草鞋《わらじ》をはいて、手に杖を持っておりました。
「この野郎、御免で済むと思うか」
ようやく起き上った金助は、目を怒らして小男を睨《にら》みつけて、言葉を荒っぽくして叱りつけました。
「御免、おいらは草鞋の紐を結んでいたところなんだ、そこへお前が来て、よろよろとよろけたから、危ねえ! と思って左へよけたんだ、左へよけた途端にお前が前へのめったんだから、おいらに罪はねえようなものなんだが、それでも時と場合だから、おいらの方からあやまってやらあ」
こう言って竹の笠を傾《かた》げて、金助の面《かお》をジロリと見上げたのは、珍らしや宇治山田の米友でありました。しかしながら、金助は酔っていたせいかどうか、米友たることを知りません。だからその返答がグッと癪にさわったものと見え、
「おやおや、時と場合だから、貴様の方からあや[#「あや」に傍点]まってやるんだって? ばかにするな、このちんちくりん[#「ちんちくりん」に傍点]」
金助は打ってかかろうとして拳を固めると、宇治山田の米友は一足後へさがって、そのまるい眼をクルクルとさせ、
「時と場合だろうじゃねえか、おいらはこうして俯向《うつむ》いて、草鞋の紐を結んで、笠をこうやって前に被っているから、向うは見えねえんだ、お前の方は、笠もなにも被らねえで、前からやって来るんだから、本当なら、おいらが突き倒されてしまうところなんだ、それを、危ねえ! と思ったから左へよけて、おいらの身体は無事だったが、お前は、そのハズミを食って、おいらの代りに前へ倒れたんだ、まあ怪我をしなかったのが仕合せだあな、勘弁しろ、勘弁しろ」
こう言って感心にも宇治山田の米友は、相手にしないで行き過ぎようとします。これは米友としては出来過ぎですけれども、金助は血迷っていて、この米友の出来栄《できば》えを買ってやる余裕がありません。
「おいおい、待て待てこの野郎、背はちんちくりん[#「ちんちくりん」に傍点]だが、どこまで人を食った野郎だか知れねえ、いよいよ癪にさわる言い草だ、待て」
金助は米友の筒袖を引張って、引留めました。
「そんなに引張らなくってもいいや、逃げも隠れもしやしねえよ、何か言い草があるなら、うんとこさと言いねえな」
かかる場合に、決してわるびれる米友ではありません。
「言わなくってどうする、今の言い草をもう一ぺん言ってみろ、本来なら貴様が突き倒されてしまうところを、危ねえ! と思ったから左へよけて、貴様の身体は無事だったが、こっちがそのハズミを食って身代りに倒れたとは何の言い草だ、左へよけて身体の無事であった方は無事でよかろうけれど、身代りに倒された方こそいい面《つら》の皮《かわ》だ、この面の皮をいったいどうしてくれるんだ」
金助はこう言いながら、グイグイと米友の着物を引張りました。
「おい、あんまり引張るなよ、質《しち》の値がさがらあな、着物を引張らなくっても文句は言えそうなもんだ」
米友は仕方がなしに引き寄せられていると金助は、いよいよ怒り出して、
「この野郎、いやに落着いていやがら。いったい、人を転がしといて、身代りに倒れたで済むか、この野郎」
「だって仕方がねえじゃねえか、おいらが倒れなけりゃあお前が倒れるんだ、お前が倒れたからおいらは倒れないで済んだんだ、幾度いったって同じ理窟じゃねえか、いいかげんにしといた方がお前の為めになるよ」
この時に金助は、火のようになって、
「この野郎、もう承知ができねえ」
拳を上げてポカリと食《くら》わせようとしたが、相手が宇治山田の米友であります。
「おやおや、お前、おいらを打《ぶ》つ気かい」
金助の打ち下ろした拳を、米友はしっかりと受け止めました。
「こんな獣物《けだもの》は痛え思いをさせなくっちゃわからねえ、物の道理を言って聞かせてもわからねえ野郎だ」
拳を取られながら金助は、歯噛みをしていきり立っています。
「ジョ、ジョーダンを言っちゃいけねえ、理窟はおいらの方にあるんだ」
米友は金助の拳を、なおしっかりと握って、口の利き方が少し吃《ども》ります。
「放せ、野郎、放せというに」
金助はしきりにもがくけれども、米友に掴《つか》まれた手を、自分の力でははなすことができません。
「放さねえ」
米友も漸く、虫のいどころが悪くなってきたようです。
「放さなけりゃ、こうしてくれるぞ」
金助は左の手に持ち替えていた折を、自暴《やけ》に振り上げて米友の面《かお》へ叩きつけようとしたのを、素早く面をそむけた米友が、
「野郎!」
額の皺《しわ》が緊張し、面の色が赤くなって、口から泡を吹きはじめました。しかしながら、ここまで込み上げたのをグッと怺《こら》えて、ただ金助の面を睨めただけで、その握った拳を、突き放しもしなけれ
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