声は」
「猪《しし》が畑を荒すから、それを村方で追っ払っているのでござんすべえ」
この大男が、沢井の水車番の与八であることは申すまでもありませんです。
与八が背負って来たお地蔵様は、いつぞや東妙和尚が手ずから刻んだお地蔵様であることも、推察するに難くないことであります。
肥大なる与八と、短小なる米友が打連れて歩くところは、当人たちは至極無事のつもりだけれど、他目《よそめ》で見ればかなりの奇観を呈しているのでありました。与八の歩くのは牛のようでありましたけれども、しかも大股でありました。米友の走るのは二十日鼠のようであって、しかも跛足《びっこ》なのであります。与八を煙草入とすれば、米友はその根付のようなものであります。与八を三味線とすれば、米友はその撥《ばち》みたようなものです。もしまた与八をお供餅《そなえもち》とすれば、米友は団子みたようなものであります。与八を猪八戒《ちょはっかい》として、米友を孫悟空《そんごくう》に見立てることは、やや巧者な見立て方であるけれど、与八は八戒よりも大きく、米友は悟空よりも小さいくらいの比較でなければなりません。
「お前、江戸に親類があるって?」
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