離れたところへ大きなものが一つ現われました。
「こんちは、ずいぶんいい天気でございますねえ」
 その大きなものは、米友とかなり隔たったところにいながら、こう言って米友に挨拶しました。
「いい天気だよ」
 米友もまた仏頂面《ぶっちょうづら》で返事はしましたけれども、その大きな物体を、なんとなく間抜けた男だと思わないわけにはゆきません。なぜならばその大きな男は、牛みたような体格をしている上に、面《つら》つきがいかにも暢気《のんき》らしく、その上に、自分でいい天気だと言いながら、この昼日中のいい天気に、松明《たいまつ》の大きなのに火をつけて携えているのですから、かなり間抜け野郎だと米友は見て取ってしまいました。
 なおその上に間抜けなことは、背中に大きな石地蔵を一つ背負《しょ》っていることで、それを背負ってウンウン唸りながら、ここまで登って来たと思われる御苦労さであります。
「こんちは」
 その大きな物体は、今、背中の石地蔵を作事小屋の中へ運び入れて、台の上へ寝かしておいてから、額の汗を拭き拭きまた米友の前へ来て、二度目に、こんちは、と言いました。
「こんちは」
 米友もまた妙な面《かお》を
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