。抑えられた猿は苦しさに絶叫したけれど、浅ましいことに、胡麻のついた握飯《むすび》をその手から放すことではありません。
「手前たちは憎らしい畜生だ」
と言って米友は、猿の頭を二つ三つぶんなぐりました。猿は殺されることかと思って、苦叫絶叫して悶掻《もが》いたけれど、米友は懲《こ》らしめるだけで、事実殺す気はなかったものらしくあります。少しばかり懲らしめて突っ放してやるつもりで、二ツ三ツぶんなぐったのを、当の猿は殺されるのだろうと思って、あらん限りの絶叫をしました。
 そうすると樹の上に見ていた猿どもが、バラバラと樹から飛んで下り、一様にキャッキャッと物凄い叫びを立てました。
 その物凄い叫びを聞くと、どこにいたか知れない無数の猿が、谷から谷、樹から樹を潜《くぐ》って、続々として走《は》せ集まって来ました。その面《つら》の色は、いずれも物凄い色をして眼を剥《む》き出し、白い歯を剥き出して、丸くなって米友をめがけて襲いかかって来ました。
 米友は猿を怖れるのではありませんでしたけれど、その数の多いのを見ては驚かないわけにはゆきません。そうして彼等の面《つら》が、いずれも獰悪《どうあく》な色を
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