ます。それで米友も、怒ってはみたけれど、拍子抜けのようでもあり、自分ながら解《げ》せないのであります。人通りの多かるべきところでもないこの山路で、こんなにすばしっこく握飯を掠《かす》められようとは、米友としても思い設けぬことでもあり、ことにその傍には、ほかに荷物を入れた風呂敷包もあれば、笠や杖もあるのに、それらには眼も触れないで、握飯だけを取って行ってしまったのは、よほど食辛棒《くいしんぼう》の泥棒か、そうでなければ、飢えに迫っての旅人の仕業《しわざ》としか思われないのであります。そのいずれにしても、この僅かの間にそれをせしめるというのは、敏捷を以て誇りとする米友には、癪《しゃく》な芸当であると思いましたから、米友は、一旦は怒って、それから後は空《むな》しく竹の皮の亡骸《なきがら》を見つめて思案に暮れていました。
米友はじっと腕組みをして思案に暮れている時に、頭の上の栗の大樹の梢で、
「キャッキャッ」
という声。米友が頭を上げるとその大樹の幹に、一群の動物がいることを知りました。
「畜生、こいつら、手前《てめえ》たちの仕業だな」
米友はそれを見るより勃然として怒りました。見上げる栗
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