その二箇とても、なにも嫌《いや》で残したわけではない、食べたくて食べたくてたまらないのだけれど、それをなるべくうまく食べようと思って、わざわざ途中で休んで水を汲みに行ったものであります。その取って置きの二箇の握飯、しかも胡麻《ごま》のついた大きなのが、わずかの間に消えてなくなっていたのだから、さすがの米友も力を落さないわけにはゆきません。
 しかし、米友の気象《きしょう》として、一時は力を落しても、そのまま引込んでいることはできないのであります。
「太え奴だ、誰が盗《と》りやがった、人の大切の胡麻のついた握飯《むすび》を盗んだ奴はどこにいる、こっちは嫌で残しておいたんじゃねえや、これから水を一杯《いっぺい》飲みながら、旨《うま》く食べようと思って取って置いたんだ、それを持主に黙って盗った奴はどこにいる、遠くへ逃げる隙があるわけでねえから、どこかそこらにいやがるんだろう、この堂の中か、堂の後ろあたりに隠れていやがるだろう、やい、人の大切の胡麻のついた握飯《むすび》を盗った奴はどこにいる、ここへ出て来い」
 米友は眼をクルクルして堂の中や、堂の後ろを見廻したけれども、人の気配は無いのであり
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