の咽喉が乾き過ぎていたせいか知らないが、ともかく、米友としては少し飲み過ぎた傾きがないではありません。
胡麻のついた握飯は、まだあとに二個残っているのであります。それだのに水は早や尽きてしまいました。それは米友でなくても、山路を旅して腹の減った時分に、握飯を噛《かじ》るほどおいしい[#「おいしい」に傍点]ものはおそらくこの世になかろうはずのものであります。まして小兵《こひょう》ながら健啖《けんたん》な米友が、この場合に五箇《いつつ》の握飯を三箇《みっつ》だけ食べて、あとを残すというようなことがあろうとも思われませんのです。けれども水は尽きてしまいました。
「ちょッ、水がなくなってしまやがった」
しばらく思案していた米友は、さいぜん登って来る路のつい近いところで、水の流れる音を聞いたことを思い出しました。それを思い出すと竹筒を取り上げて、杖なしで、さっさと峠道を少しばかり下りて行きました。それは竹筒へ水を汲まんがためであることは察するまでもありません。
この小説の、いちばん最初の時に、巡礼の姿であったお松という少女が、これと同じようなことを、これと同じところで繰返していたのでありま
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