というのは世間を知らないということで、どのみち素性を隠してお妾になろうというほどの女だから、旨《うま》い物を食って、いい着物を着せて貰いさえすれば、殿様であろうと、折助であろうと、誰でも相手にする女郎と同じことの女を寵愛してお部屋様に引上げ、それがために家門を潰《つぶ》すようなことにまでなるのは、お気の毒とは言いながら、よっぽどおめでたく出来ている殿様だと口穢《くちぎたな》く罵る者もありました。殊に例の折助社会に至っては、こんなことは待っていましたという程に喜ばしい出来事で、あらゆる醜陋《しゅうろう》と下劣の言葉で、皮肉と嘲弄の材料にしていました。
こんな塩梅《あんばい》で、士分の間にも、町民の間にも、能登守に同情を寄せる者は一人もなくなってしまいました。内心は同情を寄せる者があっても、それを口にすると自分もまたほいと[#「ほいと」に傍点]であり賤人であるかの如くさげすまれるのが辛いから、御多分に洩れず口々に、能登守の行いを汚らわしいものとして罵っていました。見かけ倒しの惚《のろ》い殿様だといって、世間の口の端《は》に調子を合わせては笑い物にするのが多いのであります。
能登守の邸は
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