跡がないうちに、またも噂が立ちました。
「駒井能登守が自殺した」
という噂が立つと、神尾家の者共は、それ見たことかと得意満面でありました。まもなく自殺は嘘で、心中だ! という噂も立ちました。そうだろう、心中だろう、相手がよいからそんなことだろうと言って、また笑ったり囃《はや》したりしました。
ところが、それらの噂はみんな嘘で、能登守は相変らず研究室へ籠《こも》って大砲の研究をしていると言うものもあって、何が何だかわからなくなりました。
邸の中はひっそり[#「ひっそり」に傍点]していましたけれど、邸の外は囂々《ごうごう》として上も下もこの噂で持切りでありました。このことからして、能登守の信望は地を払ってしまいました。
能登守に幾分か同情を持っている者は、お君という女が、人交りのならぬ分際の者でありながら、素性《すじょう》を包んで能登守を騙《たぶらか》し、それを窮地に陥れたことを、悪《にく》むべき女、横着の女であるとし、それをうかと信用して疑わなかったのは、つまりは能登守の宏量《こうりょう》なる所以《ゆえん》であって、罪は一《いつ》にお君にあるように言っていました。
つまりその宏量
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