その当座閉門同様です。なんでもあの席から帰ったあとへ、若年寄からの伝達があって、不日、能登守は江戸へ呼びつけられるのだということです。
それでいま頻《しき》りに邸内の整理をし、暇を遣《つか》わすべき家来たちには暇を遣わし、引次ぐべき事務は引次ぎ、邸外へ送り出すべき荷物は毎日送り出して、頻りに始末を急いでいるのだということであります。それで、いよいよひっそり[#「ひっそり」に傍点]している邸内の模様にひきかえて、外の評判は刻一刻に高まって行くのでありました。その評判を煽《あお》るのは神尾主膳の一派であるらしく、汚らわしい者を妾にかかえたのみならず、破牢の罪人を隠匿《かくま》って逃がしてやったり、甚だしいのは盗賊を出没させて城中城下から金を盗ませ、それをひそかに蓄えて、他日この甲府を根城に、事を起す時の軍用金として準備しているというようなことまで言い触らす者があります。
神尾主膳は、あれだけでは飽き足らないで、あらゆる流言を放ってこの機会に、駒井能登守というものを士民の間の憎悪《ぞうお》と怨府《えんぷ》とにしてしまおうという策略のように見えました。
この策略が図に当って、駒井能登守は
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