てゆくようです。
お松の身になってみると、この頃は立場に迷う姿であります。立場に迷うというだけならば迷ったなりで、ともかく、その日を過ごして行けるけれども、居ても立ってもいられないようなことばかり、その周囲に降って湧きました。
第一は兵馬に去られたことであります。駒井家を立退くということは早晩そうあらねばならぬことだけれども、あまりに急なことでありました。ことにその行先の知れないということが、お松にとっては、どのくらい残念であり心細くあるか知れません。それと同時に、降って湧いたような気の毒な風聞が、今のいちばん親しい友達であるお君の身の上にかかって来たことであります。
その風聞というのは、このごろ士人一般の間に取沙汰せられている、お松の親愛なお君の方が、ほいと[#「ほいと」に傍点]の娘だという噂であります。あれは人交《ひとまじわ》りのできぬ素性の者であるに拘らず、能登守を欺《あざむ》いて、その寵愛《ちょうあい》をほしいままにしている汚《けが》らわしい女、横着《おうちゃく》な女という評判が立っていることであります。
それと共に、能登守ともあろう者が、ほいと[#「ほいと」に傍点]の
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