《つ》いて行きました。
憐れむべきムク犬は、いま不遇の地位にいるのであります。間《あい》の山《やま》以来の主人は、すでに他に愛せらるべき人を得て、以前ほどにこの犬の面倒を見てやることができません。
代ってこの犬を養うべき女たちは、元の主人ほどに親身を以て世話をすることはできないのであります。時としては叱り罵ることさえあり、時としては自分たちのした粗忽《そこつ》を、犬にかずけ[#「かずけ」に傍点]て責めをのがれようとすることさえあるのであります。
さしもに黒い毛を、以前はお君が絶えず精出して洗ってやったから、漆《うるし》のように光沢《つや》がありました。このごろは、手を下《くだ》して滅多に洗ってやる者がないから、汚れた時は汚れたままでいることがあります。食事でさえも、その時その時に忘れられて与えられないことがあるのであり、ムクは巨大の犬であるだけに、食物の分量もまた多量を要する。食を細くされてから後は、餓えを感ずることがしばしばあって、催促がましく台所へ現われる時は、心なき女どもはそれを侮《あなど》りうるさがることもあるのであります。それでもお君の眼に触れた時は、女中に言いつけてよ
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