「名の知れぬ女」
「十八歳と小さく」
お銀様は、竜之助に言われる通りにこれだけのことを書きました。
「これだけでよろしいのでございますか」
「まだ……左の乳の下と」
「左の乳の下、それから?」
「それでよろしい」
「これがどうして供養になるのでございます」
竜之助はそれには答えることがなく、
「今夜、拙者が外出したことは誰にも語らぬように。この後とてもその通り」
「あなたを一人歩きさせたのは、わたしの罪でございますもの」
「寝よう」
その時に何の拍子か、行燈《あんどん》の火がフッと消えました。
八幡村を震撼《しんかん》させるような恐怖が起ったのは、その翌日の夕方のことでありました。
昨夜、水車小屋から出て行方知れずになったという村の娘が一人、水車場より程遠からぬ流れの叢《くさむら》の蔭に、見るも無惨《むざん》に殺されて漂っていたのが発見されて、全村の人は震駭《しんがい》しました。
慄え上って噂をするのを聞いていると、それは大方、恋の恨みだろうということです。
その娘は村でも指折りの愛嬌者に数えられて、新作と約束が出来るまでに、思いをかけた若い者も少なくはなかったというこ
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