と、それらの恋の恨みであろうということに一致すると、青年たちはいずれも痛くない腹を探られる思いをして、恐怖と無気味と復讐心とに駈られて、村の中は不安の雲が弥《いや》が上に捲き起ります。
 小泉の家は名主《なぬし》でありますから、何者よりも先にそこへ駈けつけて、その処分に骨を折らなければなりません。
 主人の妻はお銀様に向って、
「まあ、当分は夜分など、外へおいでなさることではありませぬ」
と言いました。
 その出来事の物語を聞いたお銀様は胸を打たれました。
 その時に机竜之助は、眠っているのかどうか知らないが横になっていました。
 お銀様は行燈の下の机によって、忙《せわ》しく昨晩こしらえた横綴の帳面を繰りひろげて見ました。
「もし、あなた」
 お銀様は机竜之助の面《おもて》を睨《にら》んで、
「もし、あなた」
 二度まで竜之助を呼びました。
「何だ」
 竜之助は懶《ものう》げな返事をします。
「あなたは昨晩《ゆうべ》どこへおいでになりました、もしやあの向うの水車小屋の方へおいでになりはしませんか」
「水車小屋の方へ行った」
「そうしてそこで何をなさいました」
「そこで何もしない」
「何
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