てはいけません。第一お関所破りだけで、命と釣替《つりかえ》がものはあるんでございますから、是が非でも逃げなくてはなりません、さあ、お逃げなさいまし」
がんりき[#「がんりき」に傍点]は執念深くお松を連れ出しに来たものとも思えるし、また一種の親切で逃がしに来たものとも思われるのであります。けれどもお松は、さすがにこの男の言いなりにそれではと言って、逃げ出す気にはなれないでいると、
「何を考えておいでなさるんでございます。実はこういうわけなんでございます、あなた様が、この宿屋へ駒井能登守様の御家来だといってお泊りなさっていると、丁度本陣の方へ、その本物の能登守様の御家来が、ちゃあんと着いておいでなさるんだ、役人から、あなた様のお話を聞いて、能登守の家中に左様な者があるとは訝《おか》しいとあって、今こちらへ調べにおいでなさるところなんでございます、それにつかまって御覧《ごろう》じろ、退引《のっぴき》がなりません、それを聞き込んだから、わたしはこうして抜けがけをして御注進に上ったわけなんでございます、悪いことは申し上げません、ともかくもこの場だけは外さなければ、あなた様の動きが取れません、決
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