けでございますか、先刻お馬でお着きになった若いお武家の方にお目にかかりたいと申して、店へお出向きになりましてございます」
「はて、先刻馬で着いたといえば、どうやらわし一人のような……」
「左様でござりまする、ほかにお馬でお着きになったお方もござりますれど、若いお武家様とおっしゃられると、あなた様のほかにはござりませぬ」
「わしに何の用向きか知らんが、会いたくないものじゃ」
「それでも、ちゃんと、おあとを見届けておいでになったものでございますから、外様《ほかさま》と違いまして、お断わり申すことはできないので困っておりまする……」
「そんならぜひもない、会いましょう、これへお通し下されたい」
とお松は言って番頭を帰しました。
けれどもこれは安からぬ思いであります。この際に役人から取調べを受けるということは一大事であります。しかしこうなってみては逃れることができません。断わることもできません。断われば職権を以て踏み込むに相違ない、逃るれば手分けをして引捕えるに相違ない、会ってみるよりほかはどうにも仕方がないのであります。このくらいなら、いっそ、がんりき[#「がんりき」に傍点]と連れになって
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