ほどなく例の猿橋まで来ました。こちらへ入る時にお松は、この有名な橋の傍へ駕籠をとどめて見て過ぎました。今、馬上からそれを見るとまた趣が変ったものであります。馬子は、この橋が水際まで三十三|尋《ひろ》あること、水の深さもまた三十三尋あること、橋の長さは十七間あることなどを、どの客人にも説いて聞かせるように、お松にも説いて聞かせました。
山谷《さんや》の立場《たてば》で休んで犬目《いぬめ》へ向けて歩ませた時分に、傍道《わきみち》から不意に姿を現わした旅人がありました。お松は早くもその旅人ががんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵であることに気がついて、ヒヤリとしました。
百蔵もまたズカズカと馬の傍へ寄って、お松に向って馴々《なれなれ》しく口を利《き》き出そうとした時に、前に手綱《たづな》を曳いていた馬子が、不意に後ろを向きました。近寄って来たがんりき[#「がんりき」に傍点]がハタと面《かお》を見合せたところ、おかしいことに、がんりき[#「がんりき」に傍点]が甚だしく狼狽《ろうばい》しました。ともかく相当の悪党を以て自任しているらしいがんりき[#「がんりき」に傍点]が、この馬子の面を見て
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