の狼狽《あわ》て方は尋常とは見えません。
それがために、せっかくお松に寄ろうとして来たがんりき[#「がんりき」に傍点]が、一言も物を言う遑《いとま》がなく、タジタジとさがって苦《にが》い面をしたが、そのまま前へ突き抜けて、トットと早足に行ってしまう有様は、逃げて行くもののようであります。がんりき[#「がんりき」に傍点]が、しかく狼狽するにかかわらず、馬子は、
「あははは、足の早い野郎だ」
と笑っていました。
なるほど、足の早い野郎で、忽《たちま》ちに後ろ影さえ見えなくなってしまいました。
「お武家様、お前様は、あの男に見込まれなさいましたね、お気をつけなさらなくちゃあいけませんぜ、あいつは執拗《しつこ》い奴でございますからなあ」
「馬子どの、お前は、あの人を知っておいでなのか」
「知っておりますよ、いやに悪党がって喜んでいる、たあいもない奴でございます」
「実は、あの者に取りつかれて困っています、なんとか遠ざける工夫はなかろうか」
お松は、ついこのことを馬子に向って口走りました。
「左様でございますねえ、こんど出て来たら取捉まえて、なんとかしてみましょう」
と馬子は言いました。な
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