は気味の悪い男である、どうしてもあの男と道づれの縁を切ってしまわねばならぬと思いました。それをするにはいかなる手段を取ったらばよいだろうかと、そのことをそれからそれと考えて、大月から駒橋、横尾、殿上《とのうえ》と通って、ようやく猿橋の宿まで入ることができました。
 お松は幼《いとけ》ない時分から諸国の旅をして歩きました。それ故に、はじめのほどは辛かったけれど足が慣れてみれば、世の常の女のように道に悩むことが少ないのであります。ただ腰に差し慣れない両刀の重荷が苦しく、人の見ないところでは、それを抱えるようにして歩きましたが、猿橋の宿へ来て、とある茶店へ入って一息つきました。
「許せよ」
 お松がこの店に休みながら考えたのは、やはりこの後いかにして、がんりき[#「がんりき」に傍点]という気味の悪い道づれを撒《ま》こうかということでありました。お松の思案では、幸いに、この道中でしかるべき有力な旅の人を見つけて、その従者に加えてもらうか、或いは同行に入れてもらえば、これから先の道中も無事であるし、あの気味の悪い男も寄りつくまいということであります。
 ここで中食《ちゅうじき》をしている間にも、
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