ぞは、気味が悪いばかりです。
 そのうち大月の手前まで来ると不意に、
「どうか一足先においでなさいまし、私は少しばかり廻り道をして参りますから」
と言うかと思えば、がんりき[#「がんりき」に傍点]はツイと横道へ切れてしまいました。お松と一緒に歩いている時は、そんなでもなかったけれど、一人で横道へ切れる時の足の早いこと、あ、と言う間もなくいずれへか姿を消してしまいました。
 それから、お松はまた一人で歩いて行きました。この男は、確かに道中の胡麻《ごま》の蠅《はえ》というものだろうと思いました。飛んでもないものに附き纏《まと》われてしまったと、泣きたいにも泣けない心持で、心細い旅を歩きます。
 笹子の山中で、右の男は道すがら、自分はこう見えても女に餓えているような男でないから、一人旅をなさるお前様を、取って喰おうの煮て喰おうのという了見《りょうけん》はございませんと言った言葉を思い起しました。事実、あの男が自分を女と知った上で、無礼を加えるつもりならば、今までにその機会もあったろう。殊に昨夜の泊りで、わざと外してしまったのが不思議であるなどと、お松は考えて歩きます。
 しかし、気味の悪い男
前へ 次へ
全185ページ中161ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング