取られました。
「お待ち申しておりました」
 この分では、この男に見込まれたようなものだ。
「昨夜はどこへお泊りなさいました」
とお松は尋ねました。
「ツイこの近いところに知合いがあるんでございます」
 がんりき[#「がんりき」に傍点]はそれだけしか答えません。お松もその上は問うことをしませんでしたが、どうしてもこの男の道づれを断わるわけにはゆきません。
「ここは橋詰というところでございます、この次がよしケ久保と申しまして、あすこにあるのが虚空蔵《こくぞう》様で、それと違ったこっちの方に毒蛇済度《どくじゃさいど》の経石《きょういし》というものがございます、それから白の原に白野、天神坂を通って立川原へ出て橋を渡ると神戸《ごうど》、それから中初狩に下初狩、上花咲に下花咲、大月橋を渡って大月」
 こんなことを言って、がんりき[#「がんりき」に傍点]は細かな道案内をしながら歩いて行きます。暢気《のんき》に歩いて行くようだけれども、絶えず往来と前後とに気を配っていることは、お松が見てもよくわかります。ことに前後から来る人の容貌を遠くから見定めようとすることと、通りすがる人を横目に見やる眼つきなん
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