と嫌気とを催して、どうしても居堪《いたたま》らないから、この非常手段で逃げ出したものであります。
 兵馬が恵林寺に留まっていることがわかりさえすれば何のことはなかったろうけれど、それをお松は知ることができませんでした。ただこうして行くうちに、兵馬の行方《ゆくえ》を知る由もあろうかと思い、それがわからぬ時は、いっそ、江戸へ出て、外《よそ》ながら能登守やお君の身の上について知りたい、また例の与八という男の許をも尋ねてみようかというような心持でありました。
 その翌日、早朝に宿を出立すると、どうでしょう、阿弥陀《あみだ》街道の外れへ来た時分に、もうそこに、旅の装いをして、がんりき[#「がんりき」に傍点]がちゃあんと待っているではありませんか。もっとも今日は雨が降りません。がんりき[#「がんりき」に傍点]が待っていたのは、阿弥陀街道を過ぎて、笹子川の橋詰のところであります。
 お松も、はじめはそれとは気がつきませんでした。近寄って見た時に、それと知ってギョッとしました。
「お早うございます」
 がんりき[#「がんりき」に傍点]は挨拶をしました。
「これは、まあ」
と言ってお松は呆気《あっけ》に
前へ 次へ
全185ページ中159ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング