にぶん、頼んでいいのだか悪いのだか知らないが、この場合、お松はこう言ってがんりき[#「がんりき」に傍点]に頼みました。
「ようございますとも。さあ、そう事がわかったら、こんな窮屈なところに長居をするではございません、本道をサッサと参りましょう」
それから後は存外無事でありました。無事ではあったけれども、こんなに見透《みすか》されてしまった上に、これが肩書附きの人間であることがわかってみれば、決して気味のよい道づれではありません。
しかし、こうなってみると、急にこの気味の悪い道づれと離れることもできないで、お松は笹子峠を越してしまいました。
何事か起るべくして、何事も起らずに峠を越してしまいました。人にも咎《とが》められず、狼にも襲われることがありませんでした。ただこの道案内であり道づれである男が、かえって追手の者よりも恐ろしいものであり、或いは狼よりも怖《こわ》いものであるかどうかは、まだわからないことです。
そうして黒野田の宿《しゅく》へ無事に着いて、まだ二三駅はらくに行ける時刻であったけれども、そこでひとまず泊ることになりました。がんりき[#「がんりき」に傍点]がお松を案内
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