が先に立ってその祠の縁へ腰をかけ、
「ずいぶんお疲れなすったことでございましょうねえ」
「いいえ、それほどに疲れはしませぬ」
と言ったけれども少年は、かなりに疲れているらしくありました。
「なにしろ、お若いに一人旅ということはなさるものではございません、あなた様が男でいらっしゃるからいいようなものの、もし女でもあって御覧《ごろう》じろ、道中には狼がたくさんいますからな」
 がんりき[#「がんりき」に傍点]にこう言われた時に、少年はギクッとしたようでした。そう言ったがんりき[#「がんりき」に傍点]自身もまた、妙に気がひけたらしく、
「狼、狼といえば、この山にはほんものの狼がいるんでございます、そう思うと何だか急に気味が悪くなって来た」
 がんりき[#「がんりき」に傍点]は、わざとらしい身ぶるいをして前後を見廻しました。前後は杉の木立で、足下では沢の水が淙々《そうそう》と鳴って、空山《くうざん》の間に響きます。
 少年は、なんとなし居堪《いたたま》らないような心持になって、
「ともかく、本道へ戻ろうではござりませぬか」
「まあようござんす、まあ休んでおいでなさいまし、どんなことをしたからと
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