言ったって、日のあるうちに越せねえ峠じゃあございませんや、八州のお方が立戻ってでも来ようものなら、今度はちょっと抜け道がねえのでございます、もう少し休んでいらっしゃいまし」
と言いながら、がんりき[#「がんりき」に傍点]は少年の手首をとりました。
「あれ――」
 少年は思わずこう言って叫びを立てました。
「そんなに吃驚《びっくり》なさることはござんすまい、お武家様、あなたは男の姿をしておいでなさるけれど、実は女でございましょう」
「左様なものではない」
「いけません、わっしは道中師でございます、旅をなさるお方の一から十まで、ちゃあんと睨《にら》んで少しの外《はず》れもないんでございますから、お隠しなすっても駄目でございます」
「隠すことはない」
「それ、それがお隠しなさるんでございます、あなた様は女でないとおっしゃっても、これが……」
 がんりき[#「がんりき」に傍点]はその片手を伸べて、乳のあたりを探るようにしましたから、
「無礼をするとようしゃはせぬ」
 少年はツト立ち退いて刀の柄《つか》に手をかけました。がんりき[#「がんりき」に傍点]はそれを驚く模様は更になく、
「ははは、たと
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