す。
 その雨の降る日に、お角は帳場に坐っていました。
「お千代さん、それでは三番のお客様も、今日は御逗留なのだね」
と言って、お千代という女中に尋ねました。
「はい、今朝は早くとおっしゃっておいででございましたが、お足が痛いからとおっしゃって、もう一日お泊りなさるそうでございます」
「そりゃそうでしょう、あのお御足《みあし》では……あまり旅にお慣れなさらないお方のようですね」
「ほんとに女のようなお若い、お美しいお侍《ひと》でいらっしゃるのに、お足を、あんなにお痛めなすっては、おかわいそうでございます」
「お見舞に上ってみましょう」
 お角はこう言って、その足を痛めた美しい侍の、三番の室というのを見舞に行こうとしました。
 ここで話題に上った三番の室というのは、それは兵馬とお君との部屋をいうのではありません。二人のいるのは一番の室であります。今の話の三番の室には刀架《かたなかけ》があって、大小の刀が置いてあります。その前の床柱に凭《もた》れてキチンと坐っているのは、兵馬よりは二ツ三ツも若かろうと思われるほどの美少年であります。
「御免下さりませ」
と言ってお角がそこへ訪ねて来ました。
前へ 次へ
全185ページ中138ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング