外そうとしたけれど遅かった。突いても、引いても、押しても、捻《ひね》っても、動かばこそ、汗は滝のように流れ出した。槍を挟まれた近藤は、空《むな》しく金剛力を絞り尽すことまた半時あまり、その時に拳骨和尚が大喝一声ともろともに椀を放すと、さしもの近藤が後ろに尻餅つき、槍は畳三四枚ほどの距離をあっちへ飛んだ。勇は、あまりのことに呆れ果てたけれども、彼もまた豪傑であった、恭《うやうや》しく礼を正して和尚に尋ねた。
「まことに万人に優れたお腕前、感服の至りでござる。そもそも貴僧はいずれのお方に候や、名乗らせ給え」
「お尋ねを蒙《こうむ》るほどの者には候わず、愚僧は備後《びんご》尾道《おのみち》の物外《もつがい》と申す雲水の身にて候」
と聞いて、近藤はじめ、さては聞き及ぶ拳骨和尚とはこの人かと、懇《ねんご》ろにもてなしたということであります。
嘘か、まことか、この話は今に至るまでかなりに有名な話でありました。
宇津木兵馬は、その和尚のことを思い出したから、もしや右の拳骨和尚が、慢心和尚と変名して、この地に逗留しているのではないかとさえ思いました。そうでなければ、こんな勇力ある坊主が、二人とある
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