と言って鉄如意を下へ置いて、改めて頭陀袋《ずだぶくろ》へ手を入れて何を取り出すかと思えば、木のお椀《わん》を二つ取り出しました。その二つの椀を左右の手に持って立ち上り、
「如意でお悪ければ、この品でお相手を致すでござろう」
あまりと言えば人をばかにした仕業《しわざ》である。相手もあろうに、今は京都で泣く子も黙る近藤勇を相手に取るに、木の椀を以てするとは何事であろう。勇は烈火の如く怒って、一突きに突き倒してくれようと槍を構えましたが、和尚は二つの椀を左右の手に持って、
「いざいざ、いずれよりなりとも突きたまえ」
といって椀をかざしている体《てい》は、傍若無人《ぼうじゃくぶじん》を極めたものであります。しかしながら、近藤勇ほどのものが、ついにこの傍若無人な坊主を突き倒す隙を見出すことができませんでした。半時ばかりの間、瞬きもせずに睨《にら》んでいたが、やがていかなる隙を見出しけん、巌《いわお》も通れと突き出す槍先、和尚の胸板《むないた》を微塵《みじん》に砕いたと思いきや、和尚が軽く身を開いて、両の手に持った椀を合せて槍の蛭巻《ひるまき》をグッと挟んでしまいました。仕損じたと近藤がその槍を
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