女の声。
「ああ、気をつけておいで」
それは若い男の声。
「ずいぶん暗いこと」
若い女は外の闇へ足を踏み出しました。手拭を姉《あね》さん被《かぶ》りにして、粉物を入れた箕《み》を小脇にし、若い女の人は甲斐甲斐《かいがい》しく外へ出て、外から戸を締めようとしました。
小屋の中で臼《うす》のあたりを小箒《こぼうき》で掃いていた若い男は、その手を休めてこちらを向いて、
「狸《たぬき》に見込まれないようにしろや」
と言って笑うと、
「大丈夫だよ、わたしなんぞを見込む狸はいないから」
女もまた、小屋の中を見込んで笑いながら戸を締めました。
女はこう言い捨ててスタスタと草履《ぞうり》の音を立てながら、小流れの堤を上の方へと歩いて行きます。
この水車はある一箇の人の持物ではなくて、この八幡村一郷の物であります。一軒の家が一昼夜ずつの権利を持っている共有物でありました。その当番に当った家では、その機会においてなるべく多くの米を搗《つ》き、麦を挽《ひ》かねばなりませんでした。これがために、いつもこの水車小屋には徹夜の働き手がいます。
もし若い娘がその当番の夜に働いていたならば、それと馴染《
前へ
次へ
全185ページ中14ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング