れると、二三間も向うへケシ飛ばされて起き上れない有様であります。
 兵馬はその勇力にも驚きましたけれども、同時に、それが自分と同じことに僧形《そうぎょう》をしている人物であると見て、なお不思議に思いながら近づいて見ると意外、それは頭と顔の円いので見紛《みまご》うべくもあらぬ師家の慢心和尚であろうとは。
「老和尚」
と言って兵馬は近づいて呼びました。
「宇津木どん」
 慢心和尚はその時、悪者どもを片っぱしから撲りつけてしまって、駕籠の前に立って、抜からぬ面《かお》で兵馬を待っていました。
「どうしてここへ」
「お前さんに頼みは頼んだが、あぶないと思うから、あとを跟《つ》けて来たのさ、跟いて来て見るとこの始末さ、オホホ」
「すんでのことに、この駕籠を奪われるところでした」
「危ないところ、オホホ」
 和尚は例の愛嬌のある笑い方をしました。この和尚の面の円いことと口の大きいことと、その口の中へ拳が出入りするということはかなり驚かされていたけれど、その拳の力がこれほど強かろうとは、今まで知らなかったことであり、聞きもしなかったことであります。なんとも見当のつかない使者の役目を吩附《いいつ》けて
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