籠だけは前へ進ませようとします。
 悪者どもは、兵馬よりは駕籠をめざしているものと見えました。駕籠を守る兵馬は一人、それをやらじとする悪者は、松林の中から続々と湧いて来るようであります。
 しかし、多勢もまた兵馬の敵ではなく、その神変不思議な一本の金剛杖で支えられて、近寄ることができないで、離れてしきりに噪《さわ》いでいました。
 兵馬とても、彼等を近寄らせないことはなんの雑作もないけれども、さりとて、遠巻きのようになっているところを、どこへどう斬り抜けてよいのだか、その見当はついていないのであります。駕籠屋は駕籠を担《かつ》いだままで、ウロウロするばかり、逃げ出す勇気もありません。
「やい、しっかりやれ、敵はたった一人の痩坊主《やせぼうず》だ」
 親方らしいのが、棒を揮《ふる》って飛び出すと、それに励まされて丸くなった五六人が、兵馬を目蒐《めが》けて突貫して来ました。
 兵馬はよく見澄まして例の金剛杖で、バタバタと左右へ打ち倒す時に、不意に松葉の中から風を切って一筋の矢が、兵馬へ向いて飛んで来ました。
 危ないこと。しかし兵馬の金剛杖は、その思いがけない一筋の矢を、一髪《いっぱつ》の
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