す。
 なるほど、耳を澄ますと、どこかで千鳥が鳴くような心持がします。亀甲橋へ渡りかかった時に、
「右や左のお旦那様」
 兵馬はその声を聞流しにする。駕籠屋も無論そんな者には取合わないで行くと、
「右や左のお旦那様」
 また一人、菰《こも》をかぶって橋の欄干《らんかん》の下から物哀れな声を出しました。兵馬も駕籠舁《かごかき》もそんな者にはいよいよ取合わないでいるうちに、またしても、
「右や左のお旦那様」
 橋の両側に菰をかぶったのが幾人もいて、通りかかる兵馬の一行を見てしきりに物哀れな声を出す。
「もうし、たよりの無い者でござりまする、もうし、もうし」
 菰を刎《は》ね退けて一人が、駕籠の前へ立ちふさがった体《てい》は、尋常とは見られません。
 兵馬は、手に突いていた金剛杖を、ズッと立ち塞がる怪しいお菰《こも》の前へ突き出しました。
 それが合図となったのか、今まで前後に菰を被っていたのが、一時に刎《は》ね起きました。
「何をする」
 兵馬はその金剛杖を振り上げました。
「その駕籠をこちらへ渡せ」
 菰を刎ねのけたのを見れば、それは乞食体の者ではありません。それぞれ用心して来たらしい仲
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