は、いよいよ奇異なる思いをして、とかくの返事に迷いましたけれど、思い切って承知をしました。
「よろしうございます、たしかにお引受け致します」
「有難い。では、夜分になって、八幡まではそんなに遠くもないところだから、宵《よい》の口に行って戻るがよい。しかし、聞くところによるとその女はなかなか曰《いわ》くつきの女で、おまけに別嬪《べっぴん》さんだそうだから、甲府あたりから狼が二三匹ついているということだから、その辺はお前さんもよく気をつけてな」
と念を押しました。
兵馬が委細を承って、やはり例の僧形《そうぎょう》で、恵林寺から向岳寺へ向って行ったのは、その日の宵の口であります。
まもなく一挺の駕籠《かご》が向岳寺から出て、僧形の宇津木兵馬はその駕籠に附添うて寺の門を出て行くのを見ました。
宇津木兵馬はその駕籠を守って、差出《さしで》の磯《いそ》にさしかかります。
ここへ来た時分には、月が皎々《こうこう》と上っていました。
差出の磯の亀甲橋《きっこうばし》というのはかなりに長い橋であります。下を流れるのは笛吹川であります。行手には亀甲岩が高く聳《そび》えて、その下は松原続きでありま
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