ります。和尚は真面目でありました。
「それじゃによって、尼寺でも始末に困る、あの寺でお産をさせるわけにはゆかない、よってどこぞへ預けるところはないかと、わしがところへ相談に来た、そこで、わしが思い当ったことは、この八幡村の江曾原に小泉という家がある、そこへその女を連れて行って預けるのだが……」
と言われて兵馬は奇異なる思いをしました。八幡村の小泉は、もとの自分の縁家《えんか》である。ここへ来る時も思い出のかかった家である。今その家の名をこの和尚の口から聞き、しかも身重の女を守護してその家を訪ねよと請《こ》わるることは、兵馬にとって奇異なる思いをせずにはいられないのであります。
「小泉の主人が、いつぞやわしのところへ来て、和尚様、悪い女のために戒名《かいみょう》を一つ附けてやって下さいというから、わしは、よしよし、悪い女ならば悪女大姉《あくじょだいし》とつけてやろうと言うたら、有難うございます、そんなら悪女大姉とつけていただきますと言って帰った、その悪女大姉の家へ、また悪女を一人送り込むというのも因縁《いんねん》じゃ。この役はほかの者ではつとまらぬ、お前さんでなくてはつとまらぬ」
兵馬
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