る若い尼さんよりも一層美しいものでありました。頭のかざりを下ろした尼さんとは見えません。頭巾《ずきん》を被っていた頬のあたりへ鬢《びん》の毛のほつれが見えます。永い尼寺生活をした寂しい人ではなく、まだ色香のこぼれるような美しい人であります。
 その姿を見ると、池のほとりの尼は手を振って何か合図をすると、せっかく開きかけた障子を閉めて、再び姿を現わすことをしませんでした。この美しい尼ならぬ尼は、駒井能登守の寵者《おもいもの》のお君の方《かた》であります。お君は、恵林寺へ寄進の長持と見せて、その中へ入れられてここまで送り届けられたものであります。しかもその送り届けられた後まで、お君はそのことを知りませんでした。
 お君は、あの晩に、お松の口から思い切った忠告を聞いて、お松が帰ったあとで咽喉《のど》を突いて自殺しようとしました。それは老女の手によって止められましたけれど、その後のお君は、気が狂うたと思われるばかりであります。
 その物狂わしさが静まった時分に、お君は死んでいました。自殺したのではなく、誰かの手で死なされていました。誰かの手、それはおそらく駒井能登守の手でありましょう。能登守は
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