いながら、和尚はその拳を固めて、あなやと見ているまにその拳を、ポカリと口の中へ入れて見せました。
これには一同、
「あっ!」
と言って驚きました。
八
昨晩、踏台の身代りになったのは、この慢心和尚であったことを、いま思い出しても遅いのであります。師家の頭を踏台にして迷い帰った亡者こそ、いい面《つら》の皮でありました。けれども、このことからして、亡者がお寺から迷い出すことがなくなってしまったのは、これ慢心和尚の道力《どうりき》と申すべきものでありましょう。
迷い出すことだけは、ピッタリととまったけれども、若い雲水たちの間に、その都度《つど》噂に上るのは、向岳寺の尼寺のことであります。向岳寺の尼寺へ、非常に美しい新尼《にいあま》が来たということを、誰がいつのまに見たのか聞いたのか、そのことが善き意味にも悪しき意味にも、話の種に上って来るのであります。
その向岳寺の新尼とは何者! それよりも先に、向岳寺の尼寺というものの存在を説くの必要がありましょう。
向岳寺の開山は、抜隊禅師《ばっすいぜんじ》、臨済宗《りんざいしゅう》のうちにも抜隊流の本山であります。そこの
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