助けてくれは、いよいよ以て笑止なことだと、兵馬は微笑しながら木の下へ近づくと、
「どうか助けて下さい、その犬を追い払って下さい、狂犬《やまいぬ》でございます。この通り向脛《むこうずね》を掻払《かっぱら》われて、着物なんぞもズタズタでございます、すんでのことに命を取られるところを、やっとここへ逃げ上ったんでございます、そこに附いていられちゃあ逃げることができません、どうか犬を追い払っておくんなさいまし、助けておくんなさいまし」
木の上にいた男は半狂乱で叫んでいます。
「叱《しっ》!」
兵馬が犬を叱《しか》ると、犬は首を振向けてブルッと身を慄《ふる》わせました。
その時、
「見たような犬だ」
兵馬は一見してその非常なる猛犬であることを知り、同時にまたどこかで見たことのあるような犬だとも思いましたけれど、咄嗟《とっさ》にはそれと思い当ることもありません。
「叱!」
兵馬は小石を拾って覘《ねら》いをつけると、犬はまた後退《あとずさ》りして、兵馬の面《かお》を睨《にら》みながら唸《うな》る。
「叱!」
兵馬は石を振り上げて追う。犬は少しずつ後退り。
「どうかその犬をお斬りなすって下さ
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