おきますよ。あいつはね、人質《ひとじち》になるんですから、大事な代物《しろもの》ですよ。役割がよくなりなすったら、御相談をするつもりでわっしがいいところへ隠しておきますがね、役割、これが癒《なお》ったら、あいつを妾にしておしまいなさいまし」
十二
宇津木兵馬が単身で、白根の山ふところを指して甲府の宿を出かけたのは、一蓮寺のあの騒ぎの翌日のことでありました。
秋もすでに晩《おそ》く、国をめぐる四周《まわり》の山々は雪を被《かぶ》っています。風物と人の身の上を考えると兵馬にも多少の感慨があります。このたびこそはと思うて、いつも心は勇むけれども、旅から旅を歩く間にはずいぶん果敢《はか》ない思いをするのです。
兵馬はこの頃になってようやく、七兵衛の挙動に不審の点を発見してきました。片腕を落されたがんりき[#「がんりき」に傍点]という男との話しぶり、その調子が自分らと話をするのとはだいぶ違ったところがある。七兵衛の挙動に合点《がてん》のゆかぬ節々《ふしぶし》を感づいてみると、そこにもまた多少の心淋しさが湧いて来ないわけにはゆきません。
そこで、このたびの山入りも七兵
前へ
次へ
全115ページ中95ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング