しい》の大木のところまで来ますとね、そこにまた人間が一つ倒れているんです。尤《もっと》も今度の人間は役割の前だが、前に拾ったのよりもずっと綺麗《きれい》なんですから、それこそホントウの拾い物で、その時、わっしはどうしようかと考えましたね。椎の大木の下に倒れていたのは綺麗な女の子、女軽業の中でお君といって道成寺を踊る評判者、それがやはり役割と同じこと、死んだようになって倒れているのを見つけたものですから、わっしはそこで考えたんで。いっそのこと、役割を抛《ほう》り出してこの娘に乗り換えた方が得用《とくよう》だと、すんでのことに役割の方を諦《あきら》めてしまおうかと思いましたよ。まあ怒っちゃいけません、一時はそう思いましたけれど、本来わっしどもも善人ですから、そんな薄情なことはできません、と言って一人で一度に二人の人を助けるわけにはいきませんから、役割を大急ぎで稲荷《いなり》のところまで担《かつ》ぎ出しておいて、それから取って返して、その女の子を首尾よく担ぎ出しました。が、この方がよっぽど担《かつ》ぎ栄《ばえ》がしました。まあまあお聞き下さいまし、その女の子はわっしの働きでいいところへ隠して
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