ありますよ。あんなのこそほんとに、面目玉《めんもくだま》を踏み潰されたとか噛み潰されたとかいうんだろう。それに比べりゃ役割、こちとらは災難が軽い方でござんすよ」
「まあ俺の方は俺の方でいいが、金公、手前こそ命拾いをした上に、俺の命を拾ってくれたんだから、廻《めぐ》り合せがよく出来ている」
「役割から言いつけられて、神尾の殿様の様子を見ようと石灯籠の蔭で隙見《すきみ》をしているところを取捉《とっつか》まって、すんでのことに息の根を止められようとするところを不意にあの騒ぎで、神尾の殿様も、こちとらをかまっちゃいられず、急にお立ちとなってしまったから、命拾いをしたつもりで騒ぎの方へ飛んで行ってみた時分には、人間の騒ぎは済んだけれども、火の威勢がばかに強くて、通り抜けられねえから、うろうろしていると役割の死骸……じゃあなかった、役割が打倒《ぶったお》れてウンウン言っておいでなさるから、こいつは大変だと肩に掛けて引っぱって逃げると、拾い運のいい日はいいもので、役割の命を拾った上に、もう一つの拾い物。それはこういうわけなんですよ、わっしが役割を肩に引っ掛けて、煙に追蒐《おっか》けられながらあの椎《
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