つけて、猪や狼に食われねえように」
「裏街道を行くつもりでいたが、夜道は表の方が無事だから、やっぱり表を突っ切ってやろう、今から出りゃ夜明けまでに江戸へ入るのは楽なものだ。そのつもりで、さっき、握飯《むすび》を三つ四つ拵《こしら》えてもらってあるから、あれを噛《かじ》って江戸まで行けば、それから先はお膝元だ。どっちへころげるかがんりき[#「がんりき」に傍点]の運試し、兄貴、またあっちで会おう」
「江戸へ行って居所が知れたら、神田の明神様へ額を納めておいてくれ、め[#「め」に傍点]の字を書いた絵馬《えま》を一枚、そのうらへ処番地を書いて、お堂の隅っこへ抛り込んでおいてくれ、訪ねて行くから」
「合点《がってん》だ」
「おや、表がなんだか騒々しいな」
二人は言い合せたように耳を傾けて、
「半鐘《はんしょう》が鳴るぜ」
「火事だ火事だと言ってるよ。姉さん、火事はどこだい」
「一蓮寺でございますよ」
「一蓮寺? おや、喧嘩だ喧嘩だと言ってるぜ」
「なるほど、喧嘩らしい、火事と喧嘩とお祭祀《まつり》と一緒に来たんじゃあ事だ」
がんりき[#「がんりき」に傍点]は片一方の手で脚絆《きゃはん》をひね
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