は裏の方へ蔵《しま》っておく、甲州で稼《かせ》いだのは表の方へ預けておくんだ、幾らになっているか自分でもその額はわからねえが、ああしておいても利息がつくわけではねえから、入用《いりよう》の時はいつでも出して遣って貰いてえものだ」
「なるほど、兄貴の仕事はなかなか手堅いや、こうして娘をあっちこっちへかたづけておけば、いざという時どこへ飛んでも居候が利く。だが、この絵図面は見ねえ方がよかったな、これを見たために、せっかくの娑婆気《しゃばけ》が立ちおくれをして、どうやらもとのがんりき[#「がんりき」に傍点]に戻ってしまいそうだ」
「俺はそんなつもりじゃねえんだ、手前にこの金を器用に使ってもらえば金の冥利《みょうり》にもなるし、罪ほろぼしにもなるんだから、それで手一杯に地道《じみち》な商売をして、世間に融通をしてもらいてえんだ」
「それじゃ、どのみちこの絵図面は貰っておこう。しかし、これに手をつけるようじゃあ、がんりき[#「がんりき」に傍点]もやっぱり畳の上では死ねねえ。それじゃ兄貴、これから出かけるから、壮健《たっしゃ》でいてくれ」
「そうか、そうきまったら引留めもしねえが、途中ずいぶん気を
前へ 次へ
全115ページ中90ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング