ん能書《のうがき》を並べて見物に気を持たせておいて、口上が引込むと拍子木カチカチと、東口から現れたのがその印度人であります。
「なるほど、こりゃ黒ん坊だ、看板に偽《いつわ》りは無《ね》え」
 見物はその異様な風采《ふうさい》でまず大満足の意を表します。なるほど背四尺一寸と看板に書いてあった通り。手に持った槍、柄は真赤に塗ってあって、尖《さき》が菱《ひし》のようになっている、それも看板と間違いはない。身体《からだ》は漆《うるし》のように黒く、眼ばかり光って、唇が拵《こしら》えたように厚く、唇の色が塗ったように朱《あか》い、頭の毛は散切《ざんぎり》で縮《ちぢ》れている、腰の周囲《まわり》には更紗《さらさ》のような巾《きれ》を巻いている、首には例の国王殿下から賜わったという金銀のメタルが輪になって輝いている、それもこれもみんな看板と同じこと。それが東口から赤柄《あかえ》の菱槍《ひしやり》を突いて出て来る足許《あしもと》は、一歩は高く一歩は低いものであります。
「なるほど……あの足だな、あれがヒマラヤ山で虎に食われた足なんだ」
 その跛足《びっこ》がまた大喝采《だいかっさい》。
「イヨー、舶来
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