の加藤清正!」
「虎狩りの名人! 日本一! 世界一!」
 見物は喚《わめ》く。
「先生」
「与八」
「看板の通りだね」
「看板の通りだよ」
 やがて真中の土俵まで出て来た印度人、光る眼をギョロつかせて四方を見る。どんな心持でいるのだか、色が黒いから面《かお》の上へは情がうつりません。
「キーキーキー」
 白い歯を剥《む》き出して、猿の啼《な》くような声を出して、左の手を高く挙げました。
「あれが向うの挨拶《あいさつ》なんだね、日本でこんにちはと言うのを、印度ではキーキーと言うんだろう」
「それに違えねえ」
 印度人は、キーキーと言いながら、右の手には槍を持ち、左の手は高く挙げたまま、グルリと見物を一週《ひとまわ》り見廻して正面を切ると、一心に見ていた道庵先生と期せずして面《かお》がピタリ合いました。
 道庵の面をしばらく見詰めていた印度人。他目《よそめ》には誰も何とも気がつかなかったが、印度人はブルブルと慄《ふる》えて、危なく槍を取落すところを、しっかりと持ち直して、わざとらしく横を向きました。
「はて、おかしいぞ」
 道庵先生もまたこの時首を捻《ひね》りましたが、
「何だね、先生」

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