たちの傍へ寄って、クフンクフンと鼻を鳴らして狎《な》れて来るのが不思議であります。
「おや、ムクだよ、ムクが来てくれたんだよ、ムクが助けに来てくれたのだよ」
親方のお角がまずこう言って叫び出した時に、女たち一同の恐怖の念が歓喜の声と変りました。
真先にお角の身にかけられた縄に牙《きば》を当ててグイと引くと、お角の縄は無造作《むぞうさ》に外《はず》されました。
「まあ、ムク、よく助けに来てくれたねえ、ほんとにお前はわたしたちの命の親だよ」
お角はムクの首を抱えてしまって、さすが気丈な女が声を揚げて泣きました。一人の身が自由になれば、あとはみんな楽に解放されてしまいます。
こうして美人連は、ムクに助けられて再び一蓮寺の境内へ帰って来た時に火事は鎮まったけれども、余炎はまだ盛んなものでした。火消も来たり役人も来たりして騒動はスッカリ納まってしまいましたが、お君の姿をどこへ行ったか見出すことができません。
十一
「それじゃ何かい、どうしても江戸へ出かけるのかい」
宿で七兵衛とがんりき[#「がんりき」に傍点]の会話。
「兄貴、いろいろとお世話になったが、江戸へ出て
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