一旗《ひとはた》揚げるつもりだ。がんりき[#「がんりき」に傍点]もここらが年貢の納め時だから、小商売《こあきない》の一つも始め、飯盛上《めしもりあが》りの女でも連合《つれあい》にして、これからは温和《おとな》しく暮して行きてえものだと思わねえこともねえが、天道様《てんとうさま》がそうは卸《おろ》してくれめえから、とてものことにまた逆戻りで、畳の上の往生は覚束《おぼつか》ねえだろう。どっちが早いか知れねえが、なにぶんお頼み申すよ」
「なるほど、お前も腕一本取られたのがあきらめ時だ、江戸へ落着いたら、そんなことで畳の上の往生を専一に心がけてくんねえ。もしまた、自分はそのつもりでも、世間が承知しねえ時はまたその時の了簡《りょうけん》だ」
「俺もその了簡で、これから生れ変るつもりだ」
「餞別《せんべつ》というほどでもねえが、裏街道を通って萩原入《はぎわらい》りから大菩薩峠を越す時に、峠の上の妙見堂から丑寅《うしとら》の方に大きな栗の木があるから、その洞《うつろ》の下を五寸ばかり掘ってみてくれ、小商売《こあきない》の資本《もとで》ぐらいはそこから出て来るだろう」
「せっかくだが、そいつはよそう、
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