お角が下へ飛び下りたのを見ると、
「それ、美《い》い女が飛び下りた」
 登りあぐねていた折助が、折重なってお角の方へ抱きついて来る。
「何をしやがるんだい、折助め」
 剃刀を振ると、鼻梁《はなばしら》を横に切られた折助の一人が、呀《あ》ッと言って面《かお》を押える、紅殻《べにがら》のような血が玉になって飛ぶ。
「この阿魔《あま》、太え阿魔だ」
 大勢の折助が、お角ひとりに折重なり折重なってとりつく。
「何をしやがるんだい、お前たちの手に合うような軽業師とは軽業師が違うんだ、ざまあ見やがれ」
 お角は血に染《し》みた剃刀を打振って、群がり来る折助の面を望んでは縦一文字、横一文字に斬って廻る。けれども、多勢《たぜい》を恃む折助、賭博打《ばくちうち》、後から後からと押して来る。揉《も》まれ揉まれてお角の帯は解けた、上着は辷《すべ》り落ちる、それを引っぱる、引きちぎる。真白な肉《ししむら》。お角はその覚悟で、下には軽業の娘の着る刺繍《ぬいとり》の半股引《はんももひき》を着けていた。剃刀一挺を得物の死物狂《しにものぐる》い、髪が乱れ逆立って、半裸体で荒れ狂う有様、物凄《ものすご》いばかり。し
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