へ来た時に、面の真中へ突き通してやるんだよ、もし刃物を取られたら喰いついておやり、どこでもかまわず喰いついて引っ掻いておやり。おせいさん、お前は力持だから、お前をみんなが恃《たの》みにしているよ、しっかり頼みますよ、お前さん一人で十人も二十人も手玉に取っておやり、お前さんは刃物を持たない方がいいよ。なに、わたしだって五人や十人は相手にして見せるからね、たかの知れた折助なんぞに、この身体へ指でもさされてたまるものか」
お角は剃刀一挺を手に持って、しきりと一座の美人連を励まして、自分も城を枕に討死の覚悟。
力持のおせいさんはこれに励まされて、持っていた莚を抛《ほう》り出し、素手《すで》になって、登り来る折助|輩《ばら》の鼻向《はなむき》、眉間《みけん》、真向《まっこう》を突き落し撲り落す。その他の連中も、剃刀、脇差、簪の類、得物得物をしっかりと持って必死の覚悟。
「あれ――火がついた」
吊られてあった篝火《かがりび》が、誰が切ったか地に落ちて、それが小屋の一角に燃えうつる。誰も消す人はない。
「あれ親方さん、火が。この小屋が焼けてしまいますよ」
火を見た美人連は、せっかく励まされた
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