なくなってしまったから、やむを得ず莚をクルクルと捲いて、それを打振り打振って、登り来る奴輩《やつばら》を悩ましています。
 下では、折助と遊び人と木戸番と口上言いと出方と弥次馬とが、組んずほぐれつ揉《も》み合っていると、近所の小屋からまたまた加勢が来る、弥次馬が来る、それをよそにして、この美人連の隠《かく》れ家《が》を見つけ出した連中はいい気になってこの一角を占領して、美人連を分取《ぶんど》ろうとの興味から、蟻《あり》の甘きに附くが如く、投げられようと払われようと離れることではありません。
 それと見て親方のお角は歯咬《はが》みをしながら、
「さあ、みんな、何でもいいから刃物をお持ち、剃刀《かみそり》もここに五挺ばかりあるから分けて上げるよ、舞台で使う脇差《わきざし》、刃引《はびき》がしてあるけれども、これでもないにはマシだよ、傍へ寄ったらその剃刀で、面《かお》でも腕でもどこでもかまわないから、無茶苦茶に切っておやり、その脇差は切れないんだからつっついておやり、眼玉でも鼻でもなんでも遠慮することはないから突いておやり、なんにも持たない人は簪《かんざし》をしっかりと持っていて、いよいよ傍
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